【非公式外伝】ガンダムビルドファイターズvs.プラモ狂四郎 第四章「プラモダイバー」

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【非公式外伝】ガンダムビルドファイターズvs.プラモ狂四郎 第四章「プラモダイバー」


初地上波ガンプラアニメ『ガンダムビルドファイターズ』放映記念作品
ビルドファイターズvsプラモ狂四郎

全9章構成全10章構成で今回は第四章です。残り5章
前回はこちら↓
【非公式外伝】ガンダムビルドファイターズvs.プラモ狂四郎 序章
【非公式外伝】ガンダムビルドファイターズvs.プラモ狂四郎 第一章「ビルドファイターズ」
【非公式外伝】ガンダムビルドファイターズvs.プラモ狂四郎 第二章「Imagination < Reality」
【非公式外伝】ガンダムビルドファイターズvs.プラモ狂四郎 第三章「ガンプラマイスター」

次回はなるべく早く公開予定です。

それではお楽しみください。




 第四章 「プラモダイバー」

 ひどく乱暴な光景であった。──鉄格子の扉が鈍重な音を巻き込みながら開かれ、その中へ細く心許ない体躯をした赤髪の少年が背中から崩れ落ちるように放り込まれた。身に纏った衣服が地べたに積もった細砂を薄く引き伸ばして、少年の身体は半回転寝返りをうったところで動かなくなる。軋むように顎を上げた弱々しい視線の先に、自分をまるでゴミ同然のように投げ捨てた鉄仮面が禍々しく聳え立つ姿を仰ぎ見、赤髪の少年・レイジは無意識のうちに抗いようのない恐怖に打ちひしがれていた。
「貴様も『ガンダム』のアニメを愚弄する輩に過ぎないのなら、そこでおとなしくしていることだ」鉄仮面の低いこもった声音が告げる。「お仲間と仲良く、修正されていく世界を見届けるんだな」
 そう吐き捨てて鉄仮面は赤黒く錆び付いた鉄製の格子扉を閉ざす。続けて錠前が噛み合う音が冷たくフロアに反響した。踵を返して去っていく鉄仮面の後影を、うな垂れたレイジが直視できなかったのは記すまでもない。

 レイジが収容されたのは旧い牢舎のようであった。壁の一辺だけ鉄棒が格子状に組まれており、そこに出入り用の扉が設けられていた。左右の壁は打ちっぱなしで囲われている。見える限りに窓はなく、小さな通気口が高めの天井に一つ存在するのみであった。薄ら暗い闇がりが視認できる距離を著しく狭めてはいるが、音の反響具合から牢の奥にはかなり広く空間が延びていることが判る。所々錆びやらで朽ちている室内には割れて光ることを諦めた蛍光灯が物言わず年季を語りかけていた。
 ところが、照明すらない老朽化した室内の状況ではあったものの、レイジには自身の身の回り程度であれば容易に視て取ることが出来た。なぜならば、部屋を満たす黒暗に混じって辺りをぼんやりと照らし出している白く青い光源〈プラフスキー粒子〉が、そのフロアにもさも当たり前のように充満していたからである。

 〈プラフスキー粒子流出事件〉──ユウキ・タツヤが確かそう呼んでいた。バトルベース外へとプラフスキー粒子が溢れ出し、場所を問わずに突然ガンプラバトルが始まる地場が人為的に作り出された。そして、それはレイジにとって初めて戦いに怯えうろたえてしまった苦渋の環境であると同時に、相棒の夢を摘み取ってしまった許されざる現実でもあった。
 レイジはコンクリートに頼りない背中を預けながら、思い出される度に強張った拳を幾度も壁に叩きつけていた。その痛みの残滓でポケットの中の、かつて《ビルドストライク》だったプラ片に指の腹で触れ、伝わる残酷な感覚を確かめる。途端どっと無力感に苛まれ、荒げた呼吸で小さくこぼれてしまう、チクショウ……、という掠れた悪態は、ただただ虚しくプラフスキー粒子を含んだ虚空へと溶けゆくのだった。

 * * * * *

 ──二十分前
 ユウキ邸での屈辱的な惨敗のあと、レイジの心中を満たしたのは“後悔”であった。自分の即時的な激昂が、後先考えぬ勝手がイオリ・セイの夢の担い手であった《ビルドストライクガンダム》を粉々に破砕してしまった。その結果として、セイの口から吐き出されたのは“ボクはもう、ガンプラをやめるよ”という言葉。肺を鷲掴みにされるような諦念。相棒のガンプラに向かう姿勢まで屈曲させてしまった事の重大さに打ちひしがれ、レイジは思考を著しく焦がした。そして、愚直な結論へと至る。オレが、あの忌まわしき鉄仮面に報復してやる! ──セイの心を折ってしまった今、ガンプラのない自分にガンプラバトルでのリベンジは望めない。ならば──
「おい、そこの鉄仮面野郎! あんたといればガンプラバトルできるんだろ? いまちょうど相棒を失ったところでよぉ、オレと組もうぜ!」

 鉄仮面の後を付いてしばらく歩くと、仇敵はとある個人経営の小売店の前で足を止める。鋭敏になったレイジの第六感が漠然たる警告を発する。その建物が鉄仮面に深く関係していると。店頭を見ても見慣れぬ理解しがたい商品ばかりが並び、いったい何を取り扱っている店なのかレイジにはまるで知る由もなかったが、最早そんなことは逸る彼にとって主たる気がかりとなるはずもなかった。
 足が止まり無防備にさらされた鉄仮面の背後を目の前にし、好機!、と判断するや否や、次の瞬間にレイジは喧嘩慣れした最小の挙動から踏み込むと、鉄仮面の後頭部めがけて右拳を振りかぶった。──“全力でぶん殴る!”、それがガンプラを持たざる彼が思い至った、たった一つの単純な、しかし今出来うる限りの一矢報いる全てであった。イオリ・セイの夢を守り切れなかった自分の不甲斐なさを握力に、憎き鉄仮面へとブチ返してやる──!

 ──しかしながら、レイジの右拳に相手を殴打した感触が伝わることはなかった。その代わりに五体のいたる箇所に急激な痛みと、次いで圧迫感が走った。遅れて来る後ろ半身への鈍痛。気がつけば身体は無理やり仰向けに倒され、視線は高く上空を仰ぐように跳んでいた。──押し倒された、だ? 文字どおり動転して状況を飲み込めずにいるレイジが自身の体を見遣ると、身体を押さえ込んでいる複数の《量産型ザク》の姿が視界に飛び込んでくる。まるで巨人を平伏させる小人のように1/144スケールのガンプラの群がレイジの自由を強固に奪っていたのだった。
「プラフスキー粒子散布下で生身の人間がオレに挑むなんて、馬鹿なことをォ!」
 振り向いた鉄仮面が、レイジのなけなしの抵抗を一笑に付した。見れば鉄仮面の両手の中には光球状の操縦桿が出現しており、それが操る《量産型ザク》の集団に返り討ちを食らったのだとレイジは否応なく理解させられた。
「あわよくば寝首をかこうとして仲間のふりをしたんだろうが、逆だぜ。オレの方がお前を“ハメた”んだ」そう言って鉄仮面が覗き込むように温度のない顔面を近づけてくる。仮面の奥から興奮した息遣いが、レイジの鼓膜に虐げられる者の立場を強烈に刻む。「これでもお前の実力は高ァく評価してるんだぜ? オレの制御を拒むガンプラ使って、オレとちょっとでも対等にやりあったお前を。……だからなァ!」
 鉄仮面はぐいとレイジの胸倉を掴み上げると、乱暴に引き寄せる。そのまま無理な体勢に構わず鉄仮面はレイジを引き摺りながら歩き始める。心を抉る様な狂気の叫びが其処此処へと木霊した。
「計画の妨げになると思われる不安要素はァ、排除しておくことにしてるのだよォ!!」
 そこからはどういう道程を辿ったのかはハッキリと記憶していない。が、反抗の意志を完膚なきまでに殺がれたレイジは一切の抵抗をすることなく、非常におとなしく“拘留された”。

 * * * * *

 監禁されてどれほどの時間が経っただろうか。牢舎の隅で背中を丸めていると、罪悪感が外套のように纏わりついてくる。他人の夢を背負ってしまったこと、その重責に押し潰されそうになる。塞ぎ込むレイジの脳裏には自分のファイターとしての腕を信頼し、夢を委ねてくれた相棒イオリ・セイの屈託のない笑顔が断続的にフラッシュバックし続けていた。
(──どんなときでも、どんな状況でもこのオレが駆けつける。どんな困難でもオレが打開する。これは約束であり、オレの宣誓だ──)
 とんだ大言壮語を騙ったものだ。レイジは自分の無責任な発言を思い出し、伏し目がちに震えるような笑いを吐き出してしまう。
「……ガンプラがないと、戦うことすら出来ない。能無しかよ。俺は……」
 そう独りごちて幾度目かの肩を落とした。鉄仮面に再び立ち向かったとしても勝てる見込みはない。理解している。それほどまでに圧倒的な力量差を見せ付けられて敗北をした──。
 ──そのハズだった。だが、それでもレイジは戦いたかった。戦いたくて仕方がなかったのだ。嫌な別れ方をしてしまった相棒がいる。そのために──
「俺は戦う力が……、ガンプラが、欲しい」
 それはただ諦めが悪いだけなのかも知れない。しかし、友を想うレイジの双眸は精気を失う寸前で踏み止まり、ただ縋れるものを欲した。元来待つことのできる性分ではないレイジであったが、このときだけはわずかばかりの他力本願すら求めた。それほどまでに、自尊心をかなぐり捨てるまでにレイジを取り巻く状況はどうしようもないところまで窮していたのだった。
 ──そして、彼の祈りに応えるが如く、“奇跡”は訪れることになる。

 * * * * *

 それは突然頭上から舞い降りて来た──。頭を垂れるレイジの視界の上方、天井にぽつりと開いた通気口から緩やかに降下してくる物体があった。物音に、小鳥でも迷い込んできたのかと目を凝らしたレイジがそれを見上げた瞬間、口から漏れ出た言葉があった。
「……ビルド、ストライク……?」
 瞬間そう呟いて、すぐに撤回する。シルエットこそ酷似しているものの、よくよく観察するにどうやら頭部や腕部、背負い物など細部が異なっているようであった。
 そういえば、と口ごもると、レイジはセイが嬉しそうにガンプラについて説明していたときのことを思い出した。
(──ボクの作ったこの《ビルドストライク》は『ガンダムSEED』に登場する《X-105 ストライク》を改造したガンプラなんだ──)
 そのときは話半分に聞き流したけれど、《ビルドストライク》の素体となった機体が存在しているという説明は覚えていた。そして、いま通気口からゆらめきながら降りてきた《ビルドストライク》と見間違えた機体は、おそらくはその《ストライク》であろうと、レイジは何よりも自身が願うガンプラの幻影を重ねることで直感的に確信していた。
 飛来した《ストライク》は平然とレイジの頭上を通過すると牢の奥へと消えようとする。その緩慢な飛行が余計にレイジの視線を釘付けにし、同時にそれは足を重くしていた彼を無意識に未踏の牢奥へ誘う先導ともなった。仄暗い空間にぼんやりと浮かぶ白き指標に導かれ、レイジは暗中にその身を包ませる。
 何かが起こるのならそれでいい。何かが変わるのならもっといい。もしもその延長でガンプラが手に入ったのなら、最高じゃねえか。──そんなレイジの実直な切望だけが、ただひたすらに彼の両足を前へ進めさせた。

 このとき低く飛ぶ《ストライク》を追いかけるにつれ、徐々に精神的余裕を取り戻し周りに注意を向けることが可能になりつつあったレイジは、自身が拘束されている場所が“ただの牢でない”ことを知った。室内は壁に沿うように作業机が配置され、ナイフ傷だらけの天板上には手元を照らすためのスタンドライトが備わり、ニッパーやデザインナイフなどの工具が雑多に置かれている。内壁がくすみ混色へと染まった小さなブースも設けられており、床には表面のざらついた紙の切れ端が所々散乱していた。
 レイジはその部屋に見覚えがあった。いや、正確には“よく似た部屋を知っていた”。どれもこれもアリアン王族としてのレイジにはまったく馴染みのないものであったが、ここ最近では毎日のように目にしていたのだ。物は全体的にくたびれてしまってはいるが、ここは──
(セイの部屋と同じだ!)
 と、レイジに吃驚するのを飲み込みながらもそう判断するに充分な印象を与えていた。その牢獄は紛れもなくガンプラビルダーの作業場らしかったのだ。

 * * * * *

「なんなんだよ、こりゃあ……っ!」
 歩みを進め、ようやく見えてきた牢最奥の光景はレイジに言葉を詰まらせた。行き止まりの壁には今にも崩れそうなほど盛られた無数のポリエスチレン。もげた腕。千切れた脚。割れた胴体。欠けた頭部。まさしくジャンクの山。1/144スケールで積み上がった死屍累々。それは何百体、何千体にも及ぶ壊れたガンプラの骸が幾重にも折り重なり、色彩の散らかった山土のように見えた。
「こんなの、まるで……、まるでガンプラの墓場じゃねえか!」
 レイジの喉奥が震える。眼前に広がる惨たらしい光景に恐怖が、次いで思い出されたトラウマが先行する。レイジの目にはその一体々々どれもが大破した《ビルドストライク》に映って見えた。再び直面する奇胎の記憶。レイジには自分が壊した──救えなかった《ビルドストライク》の怨嗟が胡坐をかいてそこに在るように思えてならなかった。
 凍りついたレイジの意識が無理やりに醒めたのは、丁度そのときだった。視界の片隅、レイジが所在なげな視線で追い続けていたあの《ストライク》が、彼をここまで誘導した低速飛行から一転、急に爆発的な加速をおこない最高速度に到達した瞬間、──コンクリの壁目がけて激突した。バキッ、というプラが割れる嫌な音。ぶつかった衝撃で武器は外れ、装甲は砕け落ち、アンテナは弾け飛び、エールストライカーの両翼は根元から折れて、パーツの破片が力なく壊れたガンプラの山中へとバラバラと散らばった。
 出し抜けの出来事に驚いたレイジが理解する間もなく、半壊した《ストライク》は再度距離を取るとUターンし、さきほどの壁に向かって再び加速を開始する。──自壊するつもりだ! やや遅れて把握したレイジの頭の回転よりも圧倒的に早い初動を見せたのは、他ならぬレイジの身体であった。償いなんて殊勝な感情が動かしたのかは定かではない。しかし、ただもう二度と目の前で《ビルドストライク》が、それに似た機体が壊れる様は見たくなかった。その強い一念が考えるよりも先にレイジの足を勢いのまま踏み切らせた。
「おい! 馬鹿! やめろっ!!」
 《ストライク》が壁に突っ込むその動線上に間一髪で割り込んだレイジは、弾丸の如き速度で迫る《ストライク》の直撃を顔面で受け止め、緩衝材代わりの激痛を知ることとなった。自身の額が赤く腫れ上がっていくのを感じながら、霞みゆく意識の中でレイジは《ストライク》の無事を確認し、そして、確かに発せられた“自分以外の声”の残響に聞き入りながら穏やかに瞼を閉ざした。

 * * * * *

 テラス席へ食事を運んできた店員を捕まえたラルは二人分の軽食を注文すると、咳払いを一つして再びイオリ・リンコへと向き直った。
「ところでリンコさん、セイくん達が参加しているガンプラバトル選手権に〈Jr.クラス〉があるのはご存知ですかな?」
「ええ。去年までセイが出場していましたし。……あの子は毎年初戦敗退でしたけど」
「年に一度、小学生以下の将来有望なガンプラファイター諸君がしのぎを削る〈ガンプラバトル選手権Jr.クラス〉。現世界チャンピオンの〈烈風ガンマ〉くんがその圧倒的な実力と対戦成績から〈無敗の帝王〉の名を冠して久しい。しかし、彼をしてライバルと言わしめる唯一の存在がいることを忘れてはなりません。ビルダーであるにも関わらず昨年のJr.クラスで準優勝を果たした天才ガンプラ少年、彼の名は──」

 * * * * *

「おお、気がついた」
 まどろみの中にいたレイジを呼び戻したのはまだ幼さを残した声。横たわり気を失っていた自分の顔をまじまじと覗き込んでいた少年に気付くと、レイジは自分の置かれた状況を思い出し、ひとまず安堵した。もちろん目の前にいる初対面の少年が味方だという保証などありはしなかったが、レイジは少なくとも自身の目論見通りに事が進んでいるのだという確信があった。そう、レイジは差し当たっての賭けに勝っていたのだ。

(お仲間と仲良く、修正されていく世界を見届けるんだな)
 レイジが投獄された際、鉄仮面が放った言葉。当初“仲間”と言う部分はてっきりセイ達のことを指していると受け取ったレイジであった。が、浪費されていく時間の獄中で思案を巡らすにつれ、ふとまったく別の解釈が頭をよぎっていた。即ち“この牢に幽閉されているのは自分だけではない”という可能性に気付いたのである。一度疑い始めればキリがなかったが、当初どうにも拭えぬネガティブな感情がそれを確かめる行動力をレイジから奪っていた。
 ところが、そんな折に姿を現したのがあの《ストライク》であった。突如として出現し悠々と去っていく《ストライク》の行方を追うという行為はレイジの思い切りに十分過ぎる大義名分を与えた。早とちりでもいい。しかし自分の感付きが正しいのであれば、この牢内には敵の敵が、“仲間”がいる。確かめるにはまたとない好機。たとえ徒労に終わるとしても、分の悪い賭けであったとしてもレイジに二の足を踏む選択肢などなかったことは言うまでもない。
 その後、牢の最奥でガンプラの墓場を発見し、直後に《ストライク》の自壊する様を目の当たりにしたレイジはすべての行動を本能的に処理した。それは結果的に自身の失神を招いたのであったが、気を失う直前で、待望の“仲間”の声に遭遇することとなった。
 ──そして現在、気絶から目覚めてみれば隣には自分以外の人間が確かに存在している。同じ牢に囚われている者、敵の敵と目される人物。これを“仲間”と見なさずして何と見ようか。
 ところがレイジはこの願ってもない状況を再度一瞥して、手放しで歓迎するわけにもいかないことにも気付いてしまった。確かに目の前の少年は利発そうな顔立ち、ガンダムのツインアイを模したメガネ、見るからにガンプラ工作の腕が立ちそうな申し分のない出で立ちであった。が、ただ一つどうしても理解に苦しむ点があった。そう、その少年にはどういうわけか──、“足がなかった”のである。

「おい、お前、どうしたんだよ。その足」
 上体を起こしたレイジが臆面もなく不思議がって訊いた矢先、少年は話しかけられたのが自分と分かると目を白黒させてふためいた。
「キミ! ボクが見えるのかいっ!?」
「はぁ? 普通見えるだろ。何言ってんだ?」
 レイジの極々当たり前の返答に、少年は心底驚愕してみせた後、興味深い、とメガネの鼻あての位置を直しながら呼吸を一つ整えると、途端に力みに力んだ自己紹介を始めた。
「ガンプラバトル選手権Jr.クラス、昨年度準優勝! 推しガンプラは《ガンダム》! その名も〈館山ビルト〉!」
 鼻息荒く一息でそう言い切ると、利発そうな少年・ビルトは腕を組み胸を張り気張る。しかし、仁王立つその両足はやはり膝下辺りから薄くなり始め、足先にかけて徐々に消え入っている。その理由もビルトは隠そうともせずにしれと言い放つ。
「ご覧のとおり、“ユーレイ”なのさ!」
 声を張ったビルトに、しばし呆気に取られていたレイジであったが、ややあって眉間に皺を寄せながら訝しむ。「……なぁ、あんた? その“ユーレイ”ってのは、なんだ?」
「おいおい。ユーレイを知らないなんて……。珍しい人だな」レイジの予想だにしない反応に調子を外されたビルトは寸時言葉を詰まらせたのち、端的に今の自分を言い表せる返事を繰り出した。「ユーレイってのは、う~ん……この世界の人間じゃない、ってことかなぁ」
「おお! なんだよ! お前も別の世界の人間なのか!」
 驚きを交えながらもレイジの顔に笑みが咲く。このとき、もはや相手の足が消えていることなどどうでも良かった。アリアンという異世界から来た自分と似たような境遇を語るビルトに、レイジが他人とは思えぬ親近感を覚えるのは無理もない。そしてまたビルトも気がかりであった点に解を得たらしく溜飲を下ろしたようだった。
「なるほど、キミもこの世界の人間ではないクチなのか。“アイツ”にしか見えないはずのボクの姿がキミにも視えるのは、その影響だと考えれば合点がいくよ」
 こうして最低限でいて充分に足る仲間意識を共有した後、早々とレイジは本題を提起する。こうしてここまで求めてきたのは仲間。その理由はたったひとつ。
「お前、ガンプラは作ったことは?」と問うレイジの眼差しに真剣を汲み、ビルトは素直に、もちろんあるさ、とやおら頷く。その反応にまずは胸を撫で下ろすと、レイジはいよいよポケットから大事に仕舞っておいた“それ”を差し出した。
「ビルト! お前に頼みがある! コイツを……、《ビルドストライク》を直してやってくれ!」

 * * * * *

 レイジは語る。──自身の身の上のこと。イオリ・セイという相棒のこと。《ビルドストライク》というガンプラのこと。ガンプラバトル選手権に挑戦していること。そして今日、イオリ模型店に起こったこと。あの忌まわしい鉄仮面のこと。ユウキ・タツヤが目の前で負けたこと。制止を聞かず勝手に立ち向かった自分は惨敗を喫してしまったこと。そして何より相棒の夢を台無しにして──こんな情けない状況に納まっていること。
 搾り出すように言葉を紡ぐレイジの表情は険しく、所々次句に詰まっては後悔の波に襲われているように見えた。レイジの悔恨の弁にしばらく無言で耳を傾けていた館山ビルトであったが、やがて奥歯をきつく噛み締めながら遣る瀬の無さに顔を歪ませ始める。
(……“アイツ”と一緒じゃないか。ガンプラに関して、まったくの素人なんだ。この人は!)

 ──《ビルドストライク》の修復を頼まれたビルトは請け負うかどうかの判断条件として、レイジに、何故こうなってしまったのか? 何故そうまでして直したいのか? の説明を求めた。決して興味本位などではない。それはどうしても押さえねばならない重要なことであった。
 なぜならば、レイジが《ビルドストライク》と言いながらポケットから取り出したもの、それはもう既に何でもないただの“プラ片”であったからだ。原形が分からない以上直しようがない、原形が分かったところでプラ片からでは修復しようのない状態にあった。ガンプラ工作の経験のある者なら判然と断言できる──これは、もう“直らない”と。その一言が持つ残酷な現実にレイジが直面し耐えうるかどうかを推し量るため、ビルトは事の経緯を、その依頼の本意をレイジに語らせたのだった。

「キミの想いは伝わった。もう、結構。大丈夫」
 突然、レイジの言葉を遮ったビルトによって室内に沈黙が訪れる。そして、やや言葉を選ぶ素振りをして、気遣いがわだかまってできたぎこちない静けさを自ら破り始めた。
「……そこに壊れたガンプラの残骸が山積みになっているの、見えるかい」
 ガンプラの墓場を視線で示しながらビルトはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「キミの話から推察すれば、おそらくプラフスキー粒子散布エリア内の消えたガンプラ、とりわけビルダーの手が加えられたカスタムガンプラはその鉄仮面ってヤツに操られて、この場所へと集められた。そしてさっきのように壁に激突するなり何なりの方法で分解させられていた。そうやって破壊されていたんだろうな」
 レイジの脳裏に先刻の《ストライク》が壁に激突した光景が鮮明に回想される。闘いの果てに傷つき壊れるのならともかく、勝手に操られた挙句望まぬ自壊を強いられるガンプラとそのビルダーの気持ちを察してレイジの拳はやり場のない怒りにわななく。その様子をビルトは洋々たる瞳で見ていた。
「ほら、許せないって顔をしたね。もちろんその気持ちはボクも同じだ。──キミはね、ガンプラ素人にしか見えないのに壊れた《ビルドストライク》を差し出しながら震えていたんだ。そしてこの話を聞いている今も心を痛めて、収まらぬ怒りに打ち震え続けている。こんな場所で機をうかがっていたのは成り行きじゃなく、悩みに悩み抜いた末の選択だったんだろう? キミが素人かどうかなんて話は、今はもはや重要なことじゃない。心からガンプラを直してやりたいと思っている、ガンプラのために何だって出来るというのなら、キミのガンプラへの愛は本気だ……ガチだ!!」
 ビルトの言説がさらい出したのはレイジの中に芽生えつつある本心。いつの間にかあのガンプラバカに感化され、ガンプラにどうしようなく本気になっている自分がいる──そのことを客観的に指摘されて、レイジは顔を綻ばせながら誤魔化しようのない言葉を返した。
「面白えんだよ、ガンプラは。今は、何よりも」
「……そんなキミの本気に、ボクも正直に応えたいと思う」
 途端にビルトの声音が一段低くなった。目を閉じて、乾いた下唇をきゅっと噛む。ややあって、ゆっくりと開かれた悲しい瞳はレイジに真実を伝えるため、敢えてその辛辣な言葉を選んでいた。
「レイジ。一般的にそこまで粉々に壊れてしまったら、その《ビルドストライク》を直すのは不可能だ。元に戻すことはできない」
 レイジは耳を疑った束の間のあと、理解し、愕然とした。脳を直接平手で張られたように意識がぐわんと揺れる。心臓が悪寒を押し出し、血管を通して全身を襲う。指先の力がしな垂れて膝の裏が強張り笑う。ひたすら空虚な哀情がレイジの身体を止め処ない差し潮のように満たした。
 ──壊れた。壊れたのは分かっていた。壊れたのはアイツのせいだ、あの鉄仮面のせいだ。──いや違う。《ビルドストライク》は壊れたんじゃない。壊したんだ、オレの、オレ自身のミスで! それでもガンプラは“おもちゃ”だからと、自分は門外漢だからと、心のどこかで予防線を張って、きっと誰かが直せるんじゃないかと楽観して、その“おもちゃ”が孕んだ想いを軽んじてきた結果が、今のこの状況だ。イオリ・セイの夢は、《ビルドストライク》はオレがブッ壊した──。それはもう直らないと、あがいても取り返しがつかないと第三者からも言い知らされた。セイの奴はオレとなんて出会わなければ、出会いさえしなければ……──

 どうしようもない自責に打ちのめされレイジの涙袋に湛えられた諦念の堰が切れようというとき、ビルトはレイジに語りかける。
「パートナーを差し置いて一人で勝手に戦って勝手にすべてを壊したキミの責任は確かに重い。……しかし、キミにはその罪を償う責任もあるじゃないか」
 レイジの唇は動かない。もちろん償う覚悟はある。が、どれほどの覚悟があろうとも手段のないことには応じようがなかった。
「レイジ。それはとても難しいことだけど、やってみせてくれ。パートナーの、そのイオリ・セイさんの隣で、セイさんが夢を掴むそのときまで勝ち続ける戦いを。レイジの願いに、レイジの望む場所に、そのガンプラが必要だと言うのなら──」
 そう言ってビルトは、俯くレイジとは裏腹に頼もしい笑みを浮かべていた。
「確かにボクは、壊れた《ビルドストライク》を直すのは不可能、と言った。しかし、それはあくまで“一般的”な話……」
 黒く乱雑に塗りつぶされたような心持の最中、突然訪れたのは言葉の凪。何事かと顔を上げたことで絶望をすんでのことで堪えたレイジが抱く漆黒に、ビルトの次の発言が目が眩むほどの光芒となって鼓膜を伝い耳奥を劈いた。
「できるさ、直せるのさ! このボクなら! なぜならボクはユーレイで、天才ガンプラビルダー・館山ビルトだからな!」
 その圧倒的な言葉を理解するのにレイジは数秒を要した。が、理解した後はただただ感極まり嬉しさと人心地のあまり潤んだ目元を拭うことさえせず笑うことでしか会話しえなかった。言葉にならない、わりぃ、と、ありがとう、だけで何度も何度も感謝を繰り返すレイジに、ビルトは少し照れ臭そうな笑みを浮かべた。

 * * * * *

 注文した軽食が運ばれてきて配膳する店員を流れるように手伝いながら、ラルはのべつ幕なしに会話を続ける。
「ネオ東京ドームで開催された前回のガンプラバトル選手権Jr.クラス決勝戦。その会場へと向かう車内で不幸な交通事故に巻き込まれ、仮死状態で今なお眠り続けている天才ガンプラビルダー〈館山ビルト〉少年。彼には早くガンプラバトルの戦場に復帰してほしいものですな」
「あの乗用車とトラックが正面衝突した事故は大きなニュースになりましたものね」
「さらに驚くべきは〈館山ビルト〉少年の意志を継ぎ、彼の愛機を駆って彗星のごとく現れたルーキーの存在です。選手権のあとに急遽飛び入り参加した彼と現チャンピオン〈烈風ガンマ〉くんのエキシビジョンマッチは、ビギナーズラックとはいえ挑戦者に軍配が上がった。ファイターとして破格の才能を潜在させる彼が、もしも天才ビルダーであるビルト少年とタッグを組んでいたらと思うとワクワクが止まりませんな。……ビルトくんが眠ったままの今はまだ叶わぬことですが」
「ホントに。ビルトくんが生霊になって化けてでもでない限り無理でしょうからねぇ」

 * * * * *

「さっきも説明したとおり、粉々になったその《ビルドストライク》を元に戻すことはできない。これは覆しようのない事実。だからいっそのこと“元に戻さずに直す”! 方法は──まずユーレイであるボクがレイジに取り憑いて、キミの記憶の中から元の《ビルドストライク》がどんな機体だったのかイメージをキチンと把握する。その上でガンプラ墓場の中から素体になりそうな機体や流用できそうなパーツを拝借して再現を試みる。細かいディティールなんかはその辺りに打ち捨てられているプラ板から削り出して復元しようと思う。幸いここは元々作業場だったみたいだから道具に困ることはなさそうだ」
「つまり、どういうことだよ?」
「つまりさ、一から新しく《ビルドストライク》とまったく同じ機体を作り直すんだよ。セミスクラッチで!」
 常識を備えている人が聞けば中々に信じ難い過程が含まれている館山ビルトが捲くし立てた工程はユーレイの何たるかをよく知らない、ガンプラ工作の知識もほとんどないレイジが納得するには十分な説得力を有していた。そもそも疑うべくもなく今のレイジにはただビルトの言う、《ビルドストライク》が直る、というフレーズだけが福音にすら聞こえており、その度に彼の胸は高鳴らざるをえなかったのであるが。

「じゃあさっそく体借りるな!」
 言うや否やビルトは下半身を尖頭状に変形させると、レイジの下腹部から体表を透過して体内へと潜っていく。そのあまりに突飛な展開に驚いたのはレイジ。
「ビルト、お前!? 何やって──……気持ち悪ぃ!!」
(だからボクは“ユーレイ”だって何度も説明してるでしょ。それより、いま取り憑いてんだからおとなしくしてろって)
 自分の身体の内側から直接響いてくるビルトの声にたしなめられ、レイジはこの状況で下手なことはしないほうが身のためだと直感的に判断し、分からないなりにこれに従うことにする。否応なさに観念したのか自然体になり自身に溶け合ったビルトを受け入れ、融和する意識に身を委ね始めた。

 * * * * *

 幽体として他人に取り憑くのは館山ビルトにとってこれで二度目、勝手は理解っていた。
 肉体に侵入すると待っているのは光束の渦動。それを逆さに辿ることで他人の意識の中枢に触れることができる。触れた瞬間は体感時間が緩慢になり認識が放射状にぱぁっと拡大する感覚に襲われる。しばしの浮遊感と眩暈を経て、次いで肉体の共有が始まる。ただこの場合、共有とは言うものの肉体の持ち主が断固たる意志でビルトを拒絶しない限りは身体を動かす主導権はビルトにあると言っていい。憑依霊の特権である。
(レイジ。今からキミの中にある《ビルドストライク》の記憶を引き出す。ちょっと気分は悪くなるかも知れないけど、何てことはないさ。すぐ済む)
 ああ、やるならさっさとしてくれ、とレイジが頷くのを確認すると、ビルトはレイジの記憶に接触し走馬灯を廻らすように徐々に回想を巻き戻していく。レイジのポケットの中のプラ片が《ビルドストライク》だった、その在りし時を手繰る──。

(──直してやってくれよ、セイ。頼む。大事な相棒が作った、大事な物なんだ……──)
(──セイ。自分たち以外のヤツは全員敵であり、ライバルだ。特にあのユウキ・タツヤは。腑抜けたこと言ってんじゃねえ)
(──ついにあいつとやりあえんのか……あのユウキ・タツヤと。あのとき受けた屈辱、今度こそ晴らしてやる! 一族の名誉にかけてな! 勝つぞ、セイ!──)
(──世界大会……、またひとつ負けられない理由ができた。なぁ、セイ──)
(──スゲェ! こいつはスゲェガンプラだぜ! セイ!──)
(──そうとも、決着はまだついてねぇ。セイ、そのガンプラを完成させろ! 受けた借りは返す。それが屈辱なら尚更だ。……やるぞ、ガンプラバトル!──)
(──お前が祈ったんだ。だからオレは来た。セイ、約束は守るぜ。お前の代わりにオレが戦う!──)
(──セイ、困ったことがあったらその石に祈れ。どんなときでも、どんな状況でもこのオレが駆けつける。どんな困難でもオレが打開する。これは約束であり、オレの宣誓だ──)

 ああ、そうか──。レイジの原記憶に触れ、ビルトは気付く。彼に、レイジに手を貸そうと思い至った動機の大半は他でもない、彼らの姿はボクらに似ているんだ、と。
(──キット、お前こそ、オレと共に戦うのにふさわしい!──)
(──ボクのガンプラとおまえなら、勝てる!──)
 触れていて心地好い意識の温室でビルトもまた自身の既視感を重ね、甦るフラッシュバックを懐かしんだ。ありがとうレイジ、旧い過去を思い出させてもらった、と小さく感謝すると、ビルトはさっそく押し寄せる記憶の波間より《ビルドストライク》のイメージの把握にかかった。

(な、なんてことだ……! ボクの他にこんなガンプラを創るビルダーが存在しているなんて!)
 よほど強く絶えず刻み込んでいたのだろう。レイジの記憶の表層部に《ビルドストライク》は存在し、探す手間はほとんどかからなかった。予定通りのサルベージを果たしたビルトはいよいよその機体シルエットと対面し、そして我が目を疑うこととなった。
(この機体……、ストライカーパックシステムに依存しない《ストライクガンダム》単体の戦闘力強化・継戦能力向上というコンセプト……、ボクの理想とする万能機とまったく同じだ。《ウイングガンダム》とミキシングすることでボクはそのコンセプトを形にしたけれど、この《ビルドストライクガンダム》は新造部分だけのスクラッチビルド。どころか各部のスクラッチ精度に加え、塗装・表面処理の丁寧な仕上がり、技術面でのクオリティも抜群じゃないか! こんなのって……──)
 興奮したビルトはレイジの意識下からすぐに彼の脳内に呼び掛ける。
(レイジ、どうやらキミの相棒は世界レベルのビルダーのようだ)
「スゲェだろ、セイのガンプラは。今更怖気づいたなんて言うんじゃねぇぞ」
(冗談! やってみるさ!)

 再現するイメージを抽出した後、ビルトは取り憑いたレイジの身体を使って製作に必要な物資の調達に奔走した。工具を揃え、パーツを漁り、プラ板の端材をかき集めた。引き続き身体を使用されていることに釈然としないレイジであったが、誰かの身体を借りないとガンプラが組めない、と主張するビルトの弁に、もうそういうものなのだと割り切ることにした。
(ベースには損傷の少ないこの《ストライクガンダム》を使う。ほら、さっきレイジが身を呈して守ったガンプラだよ。意匠の近いディティールは《ストライクノワール》とかから移植できそうかなあ。まぁほとんどプラ板から新造することになりそうだけど。残念ながら《オオトリ》のパーツは見つからなかったんで、バックパックまでは手が回らないよ)
 整然と並べられた諸々の前に胡坐をかいて座るレイジ。彼にはどの工具でどのパーツをどの箇所にどのように加工すれば《ビルドストライク》が出来上がるのかなど皆目見当がつかなかったが、いまこの身体の主導権を握っているビルトには完成への道筋が自明に見えているのだろう。レイジの身体は手元を照らすためのスタンドライトの電源を入れ、ひとつ大きく深呼吸をし、そしてニッパーを手にとった。
(さぁ! じゃあ、つくろうぜ!)
 レイジの頭の中に決然と吐かれたビルトの鬨の声は製作の開始を告げると同時に──、それまで沈黙を守っていた敵を呼び醒ます狼煙ともなった。

 * * * * *

 自身の背後に赤いモノアイが点灯し気配がうごめいたことに勘付いたのはレイジの意識の方が先であった。背筋に感じた冷ややかなプレッシャーに確信を得るため振り向いたレイジ、その視線を受け蜘蛛の子を散らしたように飛び去る緑色の機体群。敵は高く薄暗い天井付近を高速で旋回し始める。数は目測で十二。
「ヤロォ……! 鉄仮面の斥候か!? このタイミングで!」
 万が一にレイジの手に再び戦力が戻るとして、それを阻止するならば必要条件をまとめて処理できるこの時機で仕掛けることが敵にとっての最善であった。レイジもそう理解していたからこそ、ここで敵の狙い通りにやられてやるわけにはいかないと迎撃態勢に移ろうとする。──しかし、レイジの右手はニッパーを強く握って離そうとはしない。
「おい、ビルト! いったん身体のコントロールをオレに戻せ!」と、レイジが自身の内側に向かって声を荒げる。「奴等には借りがある! 今度こそオレは……!」
(嫌だ。キミは前に生身で戦ってその《量産型ザク》の部隊に組み伏されたそうじゃないか。いまキミが出張ったところでまた返り討ちに遭うのが関の山だ。そんなことより早く居直ってくれ。製作に取り掛かれない)
 あくまでも《ビルドストライク》の製作を優先する館山ビルトの意志と敵機への応戦に逸るレイジの意地が一つの肉体の内部でせめぎ合って膠着する。《量産型ザク》はしばらくレイジの出方をうかがっていたが、対象に目立った動きがないことを見知すると経過観察を解きザクバズーカを構える。砲口が狙うはレイジと、改造の素体となる《ストライクガンダム》。
「早くしろ! このまま何もせずに負けるわけにはいかねぇだろうが!」
(レイジ。ガンダムを知らないキミに《ストライクガンダム》って機体を教えてやる)
「今はそれどころじゃ──」妙に落ち着き払うビルトに業を煮やしたレイジが吠える。「ビルトォッ!!」
(いいから聞けッ!)冷静さを欠いたレイジの脳裏にビルトが一喝する。(《ストライク》って機体はな、すごい機体なんだ。自爆攻撃に巻き込まれても陽電子砲の直撃を受けても、パイロットだけは守り抜いてみせた。だから、キミも選ばれた《ビルドストライク》のパイロットなら、安心しろ)
 ザクバズーカの引金に《量産型ザク》のマニュピレーターがかかる。スコープをぎらりと覗くモノアイが突き刺すような敵意を剥き出しにしていた。
(オレたちには──)
 ビルトが発した強かな声が言い終わらないうちに十二門のザクバズーカから発射される砲弾。射撃をコンマ数秒本能的に先読んだレイジは射線上に大きく四肢を広げて立ち塞がる。それは背後にある《ストライクガンダム》を死守するため無意識のうちにとった反射行動であった。しかし、あれを食らえば自分も無傷では済まない、とレイジが再び敗北を悟った、その瞬間であった。
(オレたちには──、《ストライク》がついている!)

「そーゆーことッ!」
 それは突然降り注いだ。発射された十二発の砲弾のうち六発がどこからともなく放たれた空気が震えるほどの太い光軸に跡形もなく薙ぎ払われた。そして、残りの半数も精確無比な六本の火線により的確に弾頭部だけを貫かれ爆ぜて散った。
 一瞬の後に戦場に伝播するのは静寂。いったい何が起こった? 状況にすっかりのまれてしまっているレイジが目を見張ったそのとき、彼の視界が捉えたのは自身の眼前に降り立つ一対のガンプラ。

ビルトワイバーンガンダム2

ブラックストライクガンダム1

ビルトワイバーンガンダム1

ブラックストライクガンダム2

 それは──翼を有する《ストライク》と漆黒を纏う《ストライク》であった。

ブラックストライク&ビルトワイバーン

キット&ビルト

勝武蔵

「わりぃ、遅くなっちまった!」
「こっからはオレらも混ぜろよ!」
 左右から浴びせられた快活な声でレイジは我に返った。気付けば両隣には青白く煌くあのコクピットブロックが天井を突いている。柱の中には光球状の操縦桿を握る少年がそれぞれ一人ずつ、得意げな顔で敵機をねめつけていた。
(レイジ、大丈夫だ。あいつらは)頭の中でビルトの嬉々とした声音が告げた。(味方だ!)

 * * * * *

 備え付けのペーパーナプキンを膝の上に据え、ラルは手に取ったグラスを軽く傾けて申し訳程度の乾杯の真似事をした。イオリ・リンコもそれに倣う。食前の挨拶を終えてナイフとフォークに手をかけたラルは話題を再開する。
「〈館山ビルト〉少年を継ぐ者として期待されるルーキー、名前は〈天神キット〉。ガンプラバトルの世界ではまだまだ無名ではあるが、その正体はカードゲームや対戦ゲームなど数々の大会で大人相手に優勝をさらっていくスーパー小学生。彼は自分を〈遊びの天才〉と称しており、もちろんガンプラバトルにおいてもその天賦の才は顕在。G地区大会を破竹の勢いで勝ち進み、一躍トップファイターの仲間入りを果たしている。使用ガンプラは《ビルトワイバーンガンダム》。《ストライクガンダム》と《ウイングガンダム》をミキシングした、かつて館山ビルト少年がガンプラバトル選手権Jr.クラスで準優勝したときの愛機だ。なぜ彼がその機体を受け継いでいるのか未だ明らかになってはいないが、ひとつ言えるのはリンコさん、近い将来彼もまたセイくんたちの良き好敵手として立ち塞がるに違いないということですよ」
「え、ええ、そうですね」
「それともう一人、同じくスペシャルなルーキーとして忘れてはならないのが、〈勝(かつ)武蔵(むさし)〉少年。ガンダムのパイロットになるという夢を叶えるため幼い頃から日々研鑽を積んできた彼はプラモ製作の腕はまだまだ発展途上にあれど、卓越した操縦技術がそれを補って余りある本格派ファイターだ。〈G・ミュージアム〉にてライバルである〈氷室小次郎〉少年と共闘し、〈ミスターG〉を退けたという武勇伝は今なお巷を賑わせている。愛機はティターンズカラーに塗装された《ブラックストライク》。作りは荒削りだが、なかなかどうして地力のある機体よ。……いやあ、こうして新しい世代が次々と頭角を現している状況を見ると、我々も負けてはいられませんなぁ、リンコさん!」
「ええ。でも私はガンプラやりませんよ」

 * * * * *

「待ちかねたぞ、キット! 武蔵も!」
 レイジの声帯が勝手に動いて少年たちに呼び掛ける。少年たちは見ず知らずのレイジの顔をまじまじ見て訝しげな表情を浮かべたが、ふと気付いたように状況を把握した。
「お! まさか、ビルトが取り憑いてんのか!? おンもしれぇことになってんな!」
 息を弾ませながらそう答えたのは、黄色を基調としたTシャツに赤い袖のパーカーを羽織り、青い七分丈パンツを履いた少年・〈天神キット〉。鼻の上にはV字のやんちゃ傷、髪には金のメッシュが入っている。白い歯を見せて楽しげに笑うキットに、レイジの中の館山ビルトは呆れて嘆息する。
「お前たちが早く帰ってこないから、こっちも色々あったんだよ。それで、結局外に通じてそうな場所はあったのか?」
「ああ、バッチリ見つけたぜ!」今度はもう一人の少年が誇らしげに返した。トリコロールカラーのTシャツに真っ白なアウター、青いジーパン姿の短髪の少年・〈勝武蔵〉である。「元々牢屋じゃないならどこかに抜け道の一つや二つあるかもしれないっていうビルトの読みは大当たりだったぜ。向こうに大きめの通気口があって、そこから外に出られそうだ」
 武蔵の口から告げられた吉報にビルトはしたりとばかりに意気込む。出口は確保できた。あとはこの局面さえ乗り切れば……
「てかさ、その兄ちゃん誰よ?」
 キットがさきほどから気になっていることを問いかけ、武蔵も同じくと頷く。キットの視線の先にいるのはビルト自身だが、この場合キットたちが訊きたいのは取り憑いているレイジのことだろう。そういえば紹介していなかったな、と自身のうっかりを反省した。
「彼はレイジ。身体を借りてこれから彼のガンプラを組むところさ」そう言いながら右手のニッパーを呈す。「オレたちと同じく鉄仮面に閉じ込められているファイターなんだ。身体を張ってガンプラを守ろうとする信用できる人さ。彼ならきっと良い仲間になってくれる」
「へへっ、ガンプラを守る、か。超イイ兄ちゃんじゃん!」ビルトの話に感激屋のキットは赤くなった鼻をこくる。そして、操縦桿を握る両手に再び力を込めた。「なら、あいつらはオレと武蔵で引き付ける。だからビルト、その兄ちゃんにぜってーガンプラを作ってやってくれ!」
 キットが鋭い眼差しで見据える先、戦況が更新されたことで様子見をしていた十二体の《量産型ザク》が続々と再始動する。次の瞬間、肉眼で追うこともままならない十二本もの複雑に絡み合う高速の軌道が襲い来る。が、二人の少年は才能でそれを見切る。立体的な交戦になると瞬時に判断して、《ビルトワイバーン》と《ブラックストライク》は敵機の群れの只中へと躍り出ていった。

 * * * * *

「まったく。勝手にオレの身体を使って会話しやがって……!」
(ごめん。ちょっと熱くなりすぎた)
 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるレイジの脳内で館山ビルトは猛省の色を見せる。しかし、レイジには理解っていた。肉体を共有しているからこそ流れ込んでくる混じり気のない感情がある。ビルトがどれだけあの少年たちを信じているか、頼りにしているかということを。
「……あいつらのこと、あとでちゃんと紹介しろよな」
 気恥ずかしそうに呟いたレイジに、ビルトは、ああ!、と頷いた。
 先程のビルトたちのやり取りを無理やり客観視させられたことで、レイジの頭は幾分か冷静さを取り戻していた。置かれた状況を再考する。──単機でもユウキ・タツヤを圧倒する常軌を逸した強さを有するあの《量産型ザク》。そのザク十二機を相手取り、天神キットと勝武蔵はたった二機だけで時間を稼ごうとしている。彼らから託された熱意に応えるならば、レイジがやるべきことはたった一つ。
「ビルト。《ビルドストライク》、どれくらいでモノになる?」
 再び向き直り、今一度《ストライクガンダム》と対峙するレイジ。地べたに腰を下ろし、ニッパーを握る手に力を込めた。
(八分……いや、五分あればやってみせる)
「三分で終わらせようぜ。あいつなら、セイならきっともっと早く組む」
 大真面目に無理難題をふっかけてくるレイジに、ビルトは、本当に素人考えだな、と呆れ笑いを浮かべた。しかし、一瞬間を挟んでその感情はすぐさま真剣さを帯びる。
(二分半で組んでやるよ。舌を噛むなよ、レイジ!)
 途端にレイジの全身の筋肉が急激に緊張し、肉体の制御が丸きり利かなくなる。自身の意思とは関係なく、ゆっくりと身体の各部が微動し始め、次の瞬間、右手のニッパーがプラ板を辻風のごとく断ち切った。それを皮切りに直線的な裁断の連続がプラ板を見る見る整形していく。心の底から楽しそうにガンプラを作るビルトはレイジにしか聞こえない声で嬉しそうに吼えた。
(これがガンプラビルダー・館山ビルトのカスタム! 〈神技組立(ビルトハンド)〉だ!!)

 * * * * *

 敵部隊は連携に一切のラグがなく、個々のマニューバだけ見ても世界レベルと言って過言ではなかった。加えて戦力差は六対一。勝機のない絶対的不利に思われる窮地において《ビルトワイバーン》と《ブラックストライク》は、まるで劣勢を覆せるかのような気迫を纏って戦場を舞う。
 《量産型ザク》が引金を引き絞り、放たれたザクバズーカの砲弾の弾幕が何者をも捉えず宙で交差する。寸前のタイミングで急制動をかけ攻撃をやり過ごした《ブラックストライク》は高速で砲弾の軌跡を遡る。撃った源をサイトに捉まえ、中距離でビールライフルを構えようとする。が、敵が一瞬早く吶喊してくる。ライフルのロストが狙いか!、と勝武蔵が正しく敵の企図を読み、咄嗟に腰部ホルダーからアーマーシュナイダーを抜き放つ。接近戦に応じるため、さらに急速に間合いを詰める《ブラックストライク》であったが、突然敵の《量産型ザク》が真下へと進路を変えた。誘い込まれた!?、と勘付いたときには、敵の裏に潜んでいた複数の敵機がザクバズーカの砲口をこちらへと向けていた。逃げ場のない《ブラックストライク》は一斉に射出される砲弾を全弾貰い受け爆煙の中へ溺れていく。
 ──武蔵がやられた!? 僚機が激しく被弾する姿を見て《ビルトワイバーン》が一瞬硬直した隙、それを敵は逃さない。零距離まで電撃的に進攻し、メインカメラの目前にザクバズーカで圧し迫る《量産型ザク》。トリガーが引かれようというそのとき、戦場に立ち上る火煙の中からアーマーシュナイダーが一振り飛び出し、撃破に迫った《量産型ザク》の胸部を貫いていった。黒煙を破り裂き、姿を現したのはシールドを損耗した《ブラックストライク》。穿たれた《量産型ザク》の機関部から膨れ上がる爆光が周囲を照らし、少し遅れて豪炎が包み込む。友軍に何が起こったか、状況把握の遅れた《量産型ザク》の連携の乱れに乗じて、間を置かず一陣の風が戦場を駆ける。間近な《量産型ザク》の背面をとった《ビルトワイバーン》はビールサーベルでバックパックごと串刺し、目の前で敵機が爆砕するのを浴びた。
「ようやく二機撃破か。へっ、こりゃあ想定より万倍はしんどいぜ」
「こっちはアーマーシュナイダー一本にシールドも損失してる。どうする? 自爆ショーでもすっか?」
「自爆ショー? いいねぇ、やるか。──こいつらを全滅させたら、ゆっくりとな!」

 * * * * *

 目まぐるしい百二十秒は経過した──。レイジは目の前のガンプラを持ち上げ、ゆっくりと腰を上げる。掌に収まる感触は不思議と懐かしい感じはしない。いつもそこにあったものをただほんの少し失していただけ。そんな穏やかな心地がレイジを満たしていた。取り憑いていた館山ビルトは一仕事を終えてレイジの身体から乖離する。
「ビールサーベルの発振器はまだ作り終えてないけど、いいのか?」
 本体が仕上がった時点でレイジが製作の中断を促したため、未完成となってしまっている武装をビルトは気にかける。
「徒手空拳で事足りる、と言いたい所だが」と、レイジは口の端を上げた。「ベースに使った《ストライクガンダム》が最初に持っていた武器だ。さっきパーツの山から回収しておいた。こいつを使わせてもらう」
 そう言ってレイジは隠し持っていたパーツを見せる。その武装を見てビルトは笑顔で頷く。ああ、それなら大丈夫だ、レイジならうまくやれるさ、と。
 レイジは大事に仕舞ってあった〈GPベース〉をポケットから取り出し、目の前に浮かべた。室内に三本目となるコクピットブロックを出現させ、光球状の操縦桿に手を添える。連動してガンプラのメインカメラに光が宿る。自身と機体が繋がった余韻に浸るレイジは、そのガンプラについて、出力・機動性・粒子反応速度、全てにおいて自分が覚えている愛機そのものだと肌から伝わる感触で了知していた。
「こいつは完璧な仕事だ。感謝するぜ、館山ビルト!」
「礼を言うのはこっちの方だ。久々にガンプラが組めて嬉しかった。それに、ワクワクもしてるんだ。そのガンプラで戦うレイジの姿を見届けられることが、楽しみすぎて!」
「ああ! とくと見せてやるぜ! オレと、《ビルドストライク》の戦いを!」
 腹に力を込めて吼え、スラスターを全速で噴いた。風切り音とスラスター光の軌跡だけを置き去りにして、レイジと、彼のガンプラは再び戦場へと舞い戻っていく。

 * * * * *

 戦いは数だ、と遠い昔に誰かが言っていたのを勝武蔵は思い出していた──。
 誰が見ても顕かな戦力差を機転と資質で埋め続け互角の攻防を繰り広げていた天神キットと勝武蔵であったが、戦闘時間の経過とともにその動きは徐々に精彩を欠き始めた。消耗戦ともなれば頭数の多い側が圧倒的に有利、至極当然の理であった。肩で息をしながら、キットがぽつりとこぼす。
「結局、最初の二機だけか……。墜とせたのは」
「それでもここまでほぼ互角にやりあってんだぜ、オレたち。まだいけるさ」
 背負ったウイングユニットを執拗に破壊され、機動力を封じられた《ビルトワイバーンガンダム》。ビールライフルの残弾が尽き、アーマーシュナイダー一本で辛うじて立ち回る《ブラックストライク》。満身創痍の機体に加え、二人の少年の気力も限界に達しようとしていた。──対して《量産型ザク》は動きに疲労の色をまったく見せていない。どういう理屈なのかは分からないが、継戦能力が異様なほど高い。最初から時間を稼ごうなどと策さず、短期決戦と割り切って仕掛けていれば、キットたちにもまだ勝機はあったのかも知れない。が、メンテナンスをおこなう隙さえ見出せない今となってはもう臍を噛む他ない。
 戦場に灯る十機のモノアイが褪せることのない殺気を輝き放つ。それを見、緩やかに敗北に傾いていく戦況をキットと武蔵はいよいよ予見していた。

 ──そのときだった。射程外から高速で飛んで来た極小さな物体に《量産型ザク》はまったく反応できず、呆気なく被弾し脚部を砕かれた。突然の出来事に凍りつく戦場。ザクが反応できなかったのは他でもない、被ロックオンが警告されなかったからだ。それは、ただ投げつけただけの単純で原始的な攻撃。ぶつけられた物体は《ブラックストライク》が放って損失したはずの“アーマーシュナイダー”であった。
 脚でのAMBACを失い《量産型ザク》がバランスを崩した一瞬の虚をつき、遥か後方から爆発的な加速で敵へ一直線に突っ込む機影が一つ。最至近距離まで一気に肉薄したその刹那、振りかぶった巨大な実体剣をむずと振り下ろし、次の瞬間、敵機は袈裟に叩き斬られていた。血振りをして見返り、遅れて盛る爆炎を背に受け、燐光が乱入者のシルエットを揺らめかせる。二人の少年の眼に映えるその姿、正しく威風堂々!

ビルドストライク&グランドスラム

「遠慮は要らねぇ! まとめてかかってきやがれ!」
 ストライクガンダム用装備・大型実体刀剣〈XM404グランドスラム〉。自機の身長ほどもある巨大兵装を肩に担ぎ、《ビルドストライク》は最前線で雄々しく聳える。二人の少年の間には蒼い粒子で囲われたレイジが自信を滾らせていた。目の前で繰り広げられたあまりにもでたらめな撃破を見せつけられて、キットと武蔵は思わず笑いが込み上げてくる。
「〈グランドスラム〉って!? あんな取り回しの悪い武器担いであんだけの急襲をやってのけるかよフツー?!」
「へへッ、スゲェ……マジスゲェよ、レイジ兄ちゃん! なんだよ、小難しく考えながら戦ってたオレらがバカみたいじゃんか!」
 迸るほどの緊張が一度に解け、空気が嘘のように好転する。難局であることも忘れて可笑しくてたまらないキットと武蔵を口の端を上げ尻目に見遣ってから、レイジは改めて自分の敵を真っ直ぐ睥睨した。
「覚悟しろよ。お前ら全部ぶっ潰して、オレが勝つ!!」
「へっ、違うぜ」すぐ隣から小鼻を膨らませたキットの訂正が入る。「“オレらが勝つ”だろ? レイジ兄ちゃん!」
 生意気な物言いに鼻を鳴らしながら、それでもレイジは嬉しげに、ああ、と応じた。

 やり取りのすぐ後、レイジの参戦から考えを巡らせていた武蔵がふと思い立った様子で、ちょっといいか?、とキットを呼ぶ。しかし呼ばれたキットもまた武蔵と同様の表情を、企んだ笑みを浮かべて言葉を待っていた。
「なんだ。やっぱ考えること同じじゃんか」
 互いに視線だけで会話を終えると、キットと武蔵は自身の機体を速やかに戦域から退かせ、手元へと戻す。掌へと帰還した傷だらけのガンプラを二人は小さく労う。
「おいっ!? お前ら、勝手に退いてんじゃねえ!」
 小気味好い共闘宣言を終えた途端に独り取り残されたレイジからは、もちろん不満の気炎が上がる。しかし文句を垂れながらも、その戦闘機動は再び動き出した九機の《量産型ザク》を容易く翻弄している。
「ごめん、レイジ兄ちゃん!」忙しなく作業を始めた少年たちは悪びれず詫びる。「でも、思いついちゃったからさ! あいつらをブッ倒す方法を!」
「……ったく、勝手なヤツらだぜ」
 呆れ混じりの憎まれ口を叩くレイジの動体視力が敵機の隙を捉え、直後に流麗なスラスター光の尾を引いた《ビルドストライク》が敵の懐へと一目散に雪崩れ込む。激しい接触に“くの字”に折れた敵機体がしばらく慣性に押し遣られた後、バックパック基部から刀身を生やした《量産型ザク》は膨れ上がった火球を伴い瞬いて爆ぜた。

 * * * * *

「来い! ビルト!」
 天神キットの呼びかけにどこからともなく立ち現れる幽霊・館山ビルト。相棒に召喚され、暫くぶりのコンビ復活に満面の笑みで応える。
「話は聞いてたぞ、キット。カスタムするんだろ? ならボクの出番だ!」
 問い掛けにキットが力強く首肯するのを確認して、ビルトは待ってましたとばかりに勢いよくキットの身体へと飛び込んでいく。即座に取り憑き終えると、キットの鋭い眼差しが天才ガンプラビルダーのそれへと変化する。
「フッ、なるほど! お前らしいカスタム案だ!」
 肉体を共有したことでキットが思い描くカスタムのイメージが自意識へと流れ込み、ビルトは得心の声を上げる。すぐさまパーツ類の入ったメンテボックスを開け放ち、中から改造に必要な部品を即座に引っ張り出して最効率の作業を展開していく。傍から見ればそれは、さながら腕が八本にも十本にも増えたように見えるかも知れない。正に神業であった。
「本日二度目の〈神技組立〉だ! この館山ビルト、天才の名は伊達じゃないッ!」

 * * * * *

 目の前の青紫がかったペースト状の軽食をキャンバス代わりにして、ラルはフォークで器用に図示しながら止まないイオリ・リンコへの説明を続けている。
「〈天神キット〉少年が《ビルトワイバーンガンダム》を愛機として以降、確認されている同機の改造は二度。一度は悪徳プロゲーマー集団〈チームパラダイス〉に所属するガルボの《ザク・ザ・ザク》に対抗するため、機動性重視の改造が施された《ビルトワイバーンガンダム改》。バックパックに増設されたムーバブルシールドバインダーと可変機構が特徴だ。二度目は、地区大会準優勝経験を持つ実力者・カチコミの政の駆る《ブッチギリアストレイ》との野良試合で初披露となった《ビルトワイバーンガンダムT(タクティクス)》。こちらは背部に〈HG ガンダムアストレイブルーフレーム セカンドL〉をコンバートしており、多機能型バックパック〈タクティカルアームズ〉を主兵装に火力特化型の仕様となっている」
「ちょっと、ラルさん!」

 * * * * *

 天神キットの手が目にも留まらぬ速度で動き出したのをちらと見遣って、勝武蔵は、取り憑いたビルトが改造作業に入ったのだ、と推する。結局、武蔵には幽霊だという〈館山ビルト〉の存在を確認するまでは至らなかったが、キットの身辺で生じる摩訶不思議において幽霊が一枚噛んでいるとすれば全て説明がつくと気付いたとき、彼は考えるのをきっぱり諦めた。何より武蔵は天神キットのパイロット適正を高く評価していた。その才だけで彼は信頼に値する。“ガンダムを上手く使えるヤツは信用できる”、将来ガンダムのパイロットになることを本気で夢に見ている武蔵だからこそ言い張れる持論である。
「さてと、じゃあオレも取り掛かるとすっか!」
 明朗な声で武蔵が作業の開始を高らかに告げる。──正直なところ、武蔵はビルダーとしての能力は高い方ではなかった。機体のバランス、可動の精度、耐久性など細々考えて組んだことなど一度もない。しかしながら、彼は自分の“ガンダムパイロット”としての腕に絶対の自信があった。どんなに無茶苦茶な機体でも完璧に使いこなしてみせる自負があった。それ故に──、武蔵の改造はいつだって《ブラックストライク》にどんどんパーツを組み付けていくだけなのだ。機体バランスが崩れれば崩れるほど、盛れば盛るほど強くなる。それがガンプラファイター・勝武蔵の在り方であり、矜持でもあった。

 * * * * *

 イオリ・リンコが何か言いかけたのを上書いて、ラルはなかなかに上手いロボ画を軽食に描き続けていた。
「『ガンダムSEED』が放映されていた当時、《HG ストライクガンダム》のガンプラを使って誰もが一度は通ってきた改造プランをご存知かな? それはのちにBB戦士のストライクガンダムでオリジナル形態《スーパーストライクガンダム》と名付けられ、現在でこそHDリマスター版にて《パーフェクトストライクガンダム》などとハイカラな名称で呼ばれてはいるが……、しかし元々は〈勝武蔵〉少年が《ブラックストライク》を改造した作例が初出なのです。背面に〈エールストライカー〉、右肩に〈ランチャーストライカー〉の〈コンボウェポンポッド〉、左腕に〈ソードストライカーユニット〉、右手に〈シュベルトゲベール〉、左手に〈アグニ〉を装備した増し増しのてんこ盛り状態、その名も──」
「ラルさん! 食べ物に絵を描くのはお行儀悪いですよ!」

 * * * * *

 天神キットと勝武蔵がほぼ同時に作業を終え、今また青く光めく戦場へと帰ってくる。レイジは再び並び立った彼らの気配に先ほどとは異なる研ぎ澄まされたプレッシャーを感じて唾を飲む。勝機を湛えた双眸、胆力漲る気概、そして何より先刻と決定的に異なるもの、それは──凛として舞い降りた一対の《ストライクガンダム》。彼らが携える新たなる剣。

スーパーグレートストライクガンダム&ビルトワイバーンガンダム改

「〈タクティカルアームズ〉装備の《ビルトワイバーンガンダム改》だ! 今までのガンプラとはワケが違うぜ!!」
「三種のストライカーパックを全部乗せした最強形態、《SGSG(スーパーグレートストライクガンダム)》が相手だ! かかってきな!!」
 声高に名乗りを上げた新たなる僚機たちに、レイジは空気の波を伝って嬉しい興奮を覚える。自分が辿りついたコンセプトを二人が改造に組み入れてくれたこと、その機体にありありと視て取れたのだ。そう、この局面を打破できるとすれば解方なんてたった一つ──
「火力と速さの融合だぁ! いっくぜぇぇぇ!!」
 火力と機動性。相反する二つの性質を両立させるためなら、理屈なんて乱暴に捻じ伏せられる。──抗える!
「それが、ガンダムパイロットの、ガンプラファイターの力だ!!」
 キットが猛り、武蔵が叫ぶ。追加武装分のウェイト増をまったく無視した尋常ならざる速度で戦場を疾駆し始める二機。嬉々として気を取られていたレイジもすぐさま仲間が描く奔放な軌道へ立ち交じる。《ビルトワイバーン改》、《SGSG》、そして《ビルドストライク》、三者三様の高火力高機動ストライクガンダムが宙を駆ける。彼らの、トリプル・ストライクの迫撃が今始まった──。

 * * * * *

 真っ先に仕掛けたのは天神キットと勝武蔵。《ビルトワイバーン改》と《SGSG》は戦域を高高度から俯瞰した。互いに構えているのは巨砲──、展開した〈タクティカルアームズ〉のガトリングフォームと320mm超高インパルス砲〈アグニ〉。眼下で八機の《量産型ザク》相手に囮役を買って出た《ビルドストライク》が敵機に悟らせず射線から外れたことを確認すると、《ビルトワイバーン改》と《SGSG》は同時にトリガーを引き絞った。
 けたたましい轟音を響かせ上空から広域に降り注ぐプラズマエネルギーの光束と、実弾とビームの混合雨。激しい閃光の瀑布が辺り一面を眩く照りつける。叩きつけられた威力は地面を抉り隆起させ甚大なクレーターを形成する。精密な射撃で捉えるのは至難だというのなら広角にばら撒いて面で圧殺すればいい──、武蔵の狙いは的中した。寸時あって土煙が霧散し、猛攻の名残りからは四散した《量産型ザク》の破片群が見受けられる。確認の取れる撃破数は──五機。
「三つ、逃れてやがる!!」
 キットがレイジの叫びを受け取ると同時、死角から出現した《量産型ザク》。射角のない背面に突きつけられた零距離射撃が《ビルトワイバーン改》を急襲した。──かに見えたが、バズーカから吐き出された砲弾はまったく明後日の方向へと放たれ着弾した。見れば《量産型ザク》の腰部には《SGSG》の撃ち込んだロケットアンカー〈パンツァーアイゼン〉ががっちり噛みついており、強靭な牽引により体勢が崩されていたのだ。自由が利かないなら当てるのは容易いと、《ビルトワイバーン改》は身を翻し背部のアームから〈ビームライフルMk-II〉を一射し、縛された敵機を撃破した。
 〈パンツァーアイゼン〉はその性質上、使用者の行動範囲も著しく奪う──。攻防の隙をつき、潜んでいた別の《量産型ザク》はミドルレンジから《SGSG》目掛けてザクバズーカを砲火する。アンカー式の武装と射角を必要とする射撃武器を同じ腕に設けているのが運の尽き、撃ち落とす術は残されていないと判断した敵機の分析は概ね正しい。しかしながら、武蔵はそのさらに一枚上手であった。《SGSG》は右腕で左肩ユニットから〈マイダスメッサー〉を引き抜くと、飛来する砲弾に向かって投擲する。弾頭を切り裂いたビーム刃は《量産型ザク》のすぐ脇を掠めて去った。応戦に驚いた敵機が寸秒足を止めた瞬間、勝負は決した。
「重力×重さ×固さ、すなわち……」
 鳴り響くアラートに《量産型ザク》が一瞬遅れて捕捉した。遥か上方でこちらを見下ろしていたのは《ビルトワイバーン改》と《ビルドストライク》。振りかぶられた〈タクティカルアームズ〉のソードフォームと〈グランドスラム〉がゆらと始動したその刹那、殺人的な加速で機体ごと真正直に自由落下してくる!
「──ブッタ斬り!!!」
 叩きつけられた二筋の重い斬撃が《量産型ザク》の体幹に深々と食い込み、力任せに斬り千切った。切断面が火花を散らすと一瞬鈍くスパークし、すぐに膨張して敵機は灼熱の火球へと変貌する。一度だけ明滅した爆光の余波は三機の《ストライク》の姿を撫でて往き、やがて見えなくなった。

 * * * * *

 一連の戦闘を余すことなく網膜に焼き付け、館山ビルトは高揚する──。
 〈プラモダイバー〉──まるでプラモの中に潜った(ダイブした)ようにガンプラを自在に操れる者を、俗に〈スーパーガンプラファイター〉と称される者を館山ビルトはそう呼ぶことにしている。しかし彼がガンプラバトルの第一線で活躍するようになって数年は経つが、未だに〈プラモダイバー〉と認められる人物は一人しか出会ったことがなかった。現Jr.クラス世界チャンピオンにして最大のライバル〈烈風ガンマ〉のみである。自分の知る限り〈プラモダイバー〉とはそのぐらい稀有な、百万人に一人の超天才であった。──そのハズだった。
 ところが、ビルトは今この瞬間にその考えを改めざるをえない事態に直面している。目の前で繰り広げられる高次元のガンプラバトルは易々と自分の価値観を書き換えていく。訳もなく想像の限界を超えていく。ハハッ、何が稀有だ? 何が百万人に一人だ? こんなにも身近に、しかも一箇所に三人もまとまっているじゃないか!? ──レイジ、武蔵、そしてキット……、まったくお前らってヤツは──
 ビルトは知らず声を上げていた。今この見果てぬ夢に立ち会えている運命に深く感謝しながら、そして自分が幽霊であることを少しだけ恨めしいと思いながら、天才は無自覚に彼らのことをその名で呼ぶのだった。
「勝て!! 〈プラモダイバーズ〉!!」

 * * * * *

 残存する《量産型ザク》は一機。索敵は必要なかった。鋭敏になったファイターたちの感度はもはや有視界戦闘では敵に挙動することすら許さない。闇がりに微動した影像に全員同時に最も早く感付く。
 補足されたことを知るや否や《量産型ザク》は露顕するのも構わず、遮二無二に戦場からの退避を開始した。全速力を焚き込んで牢舎の外へ向かって加速する。
「逃がしゃあしねぇよ!」
 ニッと笑った天神キットが右手の操縦桿を捻り、No.2のスロットを選択する。すると《ビルトワイバーン改》の各部が変形し、瞬く間に高速飛行形態・〈バード形態〉へ姿を変える。アイドリングを伴いながら空中浮揚し、後方へと揃って向いた全スラスター口が赤ら熱を帯び始める。
「来いよ」キットは仲間たちを促す。「この戦いは“オレら”で勝つんだろ?」
 腕を伸ばした《ビルドストライク》と《SGSG》はバード形態底面のランディングクローに吊り下がる形で取り付く。二機の懸下を確認して、《ビルトワイバーン改》は弾かれるように飛び出した。凄まじい初速に殺人的な加速が合わさり、乗り手にまるで引きちぎられる様なヴィジョンを垣間見せる。自分たちから逃れようと必死にもがいているはずの獲物がたちまち迫る。
 すぐ下方に《量産型ザク》を認められる距離で、キットは即座に相対速度を合わせた。と同時に《ビルトワイバーン改》は飛行形態を解き、三機のMSが時間差で鋭く降り掛かる。
「よっしゃあ! 三位一体攻撃だ!」
 〈タクティカルアームズ〉と〈グランドスラム〉を振りかぶり、キットとレイジが激しく息巻く。
「違ぇっての! こういうときは──」〈シュベルトゲベール〉を構えて、武蔵が意気揚々と訂正した。「〈ジェットストリームアタック〉って言うんだよッ!!」

ジェットストリームアタック

 《量産型ザク》の下腹部に《ビルトワイバーン改》の振るった初太刀が打ち込まれ、続けて《SGSG》が薙いだビーム刃が頭部を一閃溶断する。間を置かず《ビルドストライク》が渾身の力で振り下ろした刀身が敵機の体幹を左右に切り裂き、最後の敵はものの数瞬で見る影もないスクラップへと為り果てた。

 室内に咲いた最後の爆発を見届けると、三人の勝者は一斉に警戒を解いた。どっと疲労感にのしかかられて、少年たちは長い息を吐きながら次々に床へ身を投げ出す。隣で意地悪く笑う悪戯霊から、敵の増援があるかも、などと無粋な危惧が吐かれたものの、もう誰一人として動こうとはしない。知るか、ちょっとは休ませろ、とぶつくさと口にしながら、牢舎にはしばらく三人の軽い笑い声が響いていた。

 * * * * *

「なんだ、あそこ、地下だったのか」
 鉄製の換気口を蹴破り、通気口から顔を覗かせたレイジが外の様子を見渡しながら呟いた。そこは見える限りは変哲のない住宅地。鉄仮面に繋がるものも目に付かず、今までの出来事がまるで夢幻だったかのように安穏としていた。──ただ一つ、空気中に当然のように含まれている〈プラフスキー粒子〉を除いては。

 ──レイジたちの脱獄は存外呆気なく成功した。天神キットと勝武蔵が探してきたという通気口は年季物の鉄蓋が錆び付いており、簡単に破ることができた。穴の大きさも青少年がくぐり抜けるには十分過ぎるものであった。出口に仕掛けはなく、待ち伏せもない。拍子が抜けるほど容易に外気を臨むことができてしまった。
 あまりにも一路順風に行き過ぎていることが、逆にレイジに一抹の憂慮を掻き立てる。不安要素は排除するとああまで言っていた鉄仮面がこんな易々と自分たちを逃がすだろうか? 取るに足らない存在だと見なされたと考えればそれまでだが──、何かとんでもない大事が裏で蠢いている悪寒が走ってレイジは身震いする。
 しかし、そこまで思考してレイジはやおらかぶりを振った。──いや、だが今は新しい仲間もいる。あれこれ考えて足踏みするより速攻で鉄仮面をぶちのめしてこんな茶番は終いにしよう。そのためにもまずは鉄仮面の居場所を掴むのが先決だと、レイジは改めて褌を締め直す。ともかくも何か手がかりが必要だった。

「そういや、お前らは何で捕まってたんだよ?」
 前に続いて通気口から這い出てくるキットと武蔵に、レイジはかねてより抱いていた疑問を投げかけた。
「何でってもなぁ。別に悪いこと何もやってねーんだよな、オレら」
 キットと武蔵は衣服をはたきつつ互いに顔を見合わせて、阿吽の呼吸で互いの身の潔白を擁護し合う。二人の面白くなさそうな表情から察するに、どうやら投獄には相応の理不尽を強いられたようだ。
 彼らの弁によれば、キットとビルトは偶然立ち寄った小売店の野良バトルで、武蔵は馴染みの施設〈G・ミュージアム〉主催の小売店舗代表による対抗戦で、それぞれ《量産型ザク》と対戦し惜敗した。その対戦後に鉄仮面を被った男に声をかけられたところまでは記憶があるが、次に目を覚ましたときは牢の中だったという。
 思い出したらムカッ腹が立ったのか、キットと武蔵は、あの鉄仮面野郎は今度会ったらとっちめてやる!、と地団駄を踏んだ。その様子を見ながら──、レイジはニヤリと破顔する。
「ああ。それじゃあ、今すぐにとっちめに行くとしようぜ」
 知った風な物言いをするレイジにキットと武蔵は、居場所分かるの?、と当然訊ねてくる。得意そうに鼻を鳴らすとレイジは慣れない口調で推理を披露し始める。
「キットが捕まったとき、武蔵が捕まったとき、そしてオレが捕まったとき。この三件には共通することが二つある。一つは“鉄仮面の男が操る《量産型ザク》に負けた”こと。そして、もう一つは──“〈アニメショップゼロ〉”だ」
 レイジの発した単語に聞き覚えのある少年たちは暫時考えてから目を見開いてハッと気付く。
「そうだ。キットの立ち寄った店の名は〈アニメショップゼロ〉。武蔵の対戦カードの相手は〈アニメショップゼロ〉の代表。オレが捕まったのが、確か〈アニメショップゼロ〉の店の前だった。──な?」
 偶然とするには無視できない符合。未だ事件の根源的な部分は不明瞭なままであったが、一ファイターであるレイジたちにとってそんな大局的なことは瑣末なことであった。ただ、〈アニメショップゼロ〉に行けば鉄仮面に繋がるかもしれない、という可能性は彼らを行動に至らしめる原動力たりえたのだ。
「ビルト。〈アニメショップゼロ〉の場所、覚えているか?」
「ああ、あれは確か南町だったはずだ」
「そうか」
「行くのか? キミには明日の準々決勝に備えておとなしくしているっていう選択肢もあるが?」
「冗談じゃねえ。それに、これはオレの勘だが」レイジが口の端を上げる。「何だかんだでセイの奴も向かってるんじゃねえか? アイツの性根の強さなら分かってる。適当に吹っ切れてガンプラの一つでも作ってしれっとやってくるさ」
 迷いなく誰よりも前を向くレイジの姿勢にキットと武蔵は心ともなく鼓舞されていた。この仲間ならどんな強敵を相手にしても遅れを取る気はまったくしない。討つべき敵を見据え戦場へ赴く三人は声高に気炎を上げた。
「キット! 武蔵! 〈アニメショップゼロ〉へ急ぐぜ! あの鉄仮面野郎にお返しをしねぇとな!」

 * * * * *

 東京都のとある一等地に荘厳とその学び舎は聳えていた。名を〈大日本造形学園〉という。「ものを作るたのしさを学ばせる」を建学の精神に、造形教育に重きを置いたカリキュラムを進行する日本で唯一の学園である。創立からの歴史は決して古いものではないが、既に何人もの卒業生たちを優れた技術者・芸術家として世に輩出しており、その教育制度の優秀性は彼らの功績によって証明されていた。

 レンガ組みの外塀がいかめしい西洋建築の校舎を護るように囲っている。いま〈大日本造形学園〉の校門前には自身の倍の高さはあろうかというレンガ塀をじいっと見上げている少年の姿があった。縦縞の野球帽を前後逆に被ったその少年はゆっくりと踵を返し距離を取ると、途端くるりと向き直り両足に履いたローラースケートを全力で滑走させぐんぐんと速度を上げる。外塀がぶつかる目前まで迫ったところで一息に踏み切り、駐車していた車のボンネットを踏み台代わりにして学園の敷地内へと颯爽と飛び込む。塀を無事飛び越えた侵入者を待ち受けていたのは──、飛来する竹刀だった。
 間一髪のところで避けはしたものの空中で姿勢を崩した少年は見事に臀部から着地する。いてて、と患部をさすりながら立ち上がった少年に声をかけてきたのは他ならぬ竹刀を投げつけてきた張本人。
「あれを躱すとはさすがね。少し物足りなかったかしら」それは透き通るような美声だった。「わたしは〈京姫〉。あなたが〈天地大河〉くんね。待っていたわ」
 前髪を真ん中で分けた可憐なショートカット、半袖のセーラー服に身を包み、京姫と名乗った少女は気品帯びた振る舞いで、侵入した少年・天地大河に来訪を待っていたと告げる。前例ない歓迎に大河はしばし面食らっていたが、自分がここに来た理由が伝わっているのなら話が早いと京姫に対し一足飛びに用件を述べた。
「ええ、分かってる。もちろん案内させていただくわ。あの人の──、“プラモ狂四郎”の元へ」

 * * * * *

 学園内の建造物は全て格調高く歴史帯びた芸術性に富んでいたが、その中で校庭の隅にぽつねんと校風に似つかわしくないプレハブ小屋が存在していた。ひび入ったガラス戸は所々テープで申し訳程度に補強され、外壁の錆びたトタンは煤けている。入り口横には木製の看板が下がっており、毛筆で“プラモ部”としたためられていた。

 案内してくれた京姫が、こちらへ、と部室の入り口のガラス戸を開ける。息を飲んで敷居を跨いだ天地大河を出迎えたのは一人の少年。ホウキを逆さにしたような髪形が特徴的で黒いパイロットジャンパーを着、黄土色のアーミーパンツを履いている。年齢は大河よりやや上に見える。少年は腕を組み、待ち侘びた様子でほくそ笑んでいた。
「プラモ狂四郎さんだな?」大河は長谷川淳から預かっていたG研の協力依頼状を開いて見せた。「ガンダム野郎の天地大河だ。あんたを迎えに来た」
 それを聞いて少年はしばらく神妙な顔つきでいたが、やがて堪え切れなくなった様子で突然声を出して笑い始める。後ろでやり取りを見ていた京姫もくすくすと笑い出す。いったい何が面白いのやらさっぱり分からず困惑する大河に少年は涙をぬぐいながら説明した。
「いや失敬。確かにオレは“プラモ狂四郎”だが……、お前の捜している“プラモ狂四郎”じゃあないんだ」
 狐につままれたような会話に思考が追いついていかない大河。彼に補足の助け舟を出したのは京姫だった。
「あなたが捜しているのは初代・プラモ狂四郎である〈京田四郎〉、わたしの兄よ。そこにいるのはプラモ狂四郎の名前を継いだ二代目で、また別人なの」
「そうとも。オレの名前は〈新(あらた)京四郎(きょうしろう)〉。二代目・プラモ狂四郎を襲名した男だ。よろしく」
 挨拶しながら陽気に握手を求めてくる京四郎に、大河はようやく状況を理解してどっと脱力をした。京姫がプラモ狂四郎の妹だという都合のいい話はさておき、音に聞くプラモ狂四郎本人に接触できないのならばこの学園に寄ったのはとんだ無駄足だったということになる。捜し直しか、と溜息を漏らしてとぼとぼと部室を出て行こうとする大河を京四郎は慌てて引き止めた。
「おいおい、そりゃあないぜ。ガンダムボーイ。この〈熊殺し(ベアキラー)〉の異名をとる新京四郎の力、欲しくないのか?」
 そう言って京四郎は懐から一枚の紙をこれ見よがしに覗かせる。仕方なしに振り返った大河はその書面に目を通すと、見る見る目を丸くした
「それは長谷川指導員名義の協力依頼状じゃないか!? どうしてあんたが?」
「G研からオレ宛に届いたんだ。だから話は聞いてる。ガンプラ始まって以来の危機なんだって? こんな状況なんだ、オレだって黙っていられねえって。先輩ほどじゃないが、力になれるぜ。──なんたってオレも“プラモ狂四郎”だからな!」
 今回のプラフスキー粒子流出事件に関して、大河は長谷川淳から、少数の精鋭を集って事件の解決にあてる、と聞いていた。目の前にいるこの京四郎が長谷川淳の眼鏡に適っているということなら、彼もまた信頼に足る実力者なのだろうと認識を改める。何より本気でガンプラの危機と向き合おうとしてくれている京四郎のプラモスピリットに大河自身、好感が持てた。
「そういうことなら話は別だ。さっきの非礼は詫びるぜ、京四郎。あらためて、天地大河だ。こちらこそよろしく」
 今度は大河の方から差し出された手を、かっかっと笑いながら京四郎はしっかと受け止め、二人は固い握手を交わす。互いの曇りない視線が空中で真っ直ぐ交差して、違えることなく仲間と契り合った。京姫は産声を上げた友情に顔を綻ばせながら、しばらく言葉の存在を忘れかけていた。

 * * * * *

「伝え忘れていたけれど、大河くんに良い報せがあるのよ」
 天地大河が新たな仲間を連れて学園を離れようというとき、京姫が別れ際に口を開いた。
「昨晩兄から連絡があったの。兄は今朝の便でアメリカを発って、もうじき日本に着くハズよ」
 大河は出し抜けに発された京姫の言葉に驚いて、そして苦笑した。そうか、プラモ狂四郎は渡米していたのか。道理でいくら捜しても足取りが掴めないわけだ。それに自分が協力を取り付けるまでもなく、もう既に単独で動き出しているという。自身の要領の悪さにはほとほと呆れてしまう。
「あなた宛の伝言も預かっているわ。“自分は直接現地に向かうので、天地大河・新京四郎の両名は先行して事にあたること”ですって」
 自分が訪ねてくること、そして新京四郎と組むことも織り込み済の伝言に、大河は、かなわないな、と心底感心してしまう。そこまで見通しているなら指示通り動くことが最善だと、隣で京四郎も焚き付けてくる。大河も早々頷くと、電話を取り出し長谷川淳への定時連絡をおこなう。この通信が最後の定時連絡になることを切に願って。
「ガンダム研究会東京支部所属・天地大河! 現時刻より“プラモ狂四郎”からの指示に従い協力者・新京四郎と共に、南町は〈アニメショップゼロ〉で鉄仮面打倒の任に就きます!」


第五章につづく

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テーマ : 二次創作
ジャンル : 小説・文学

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お待ちしておりました

密かに更新待ってました!!(笑)
ビルトがビルドストライクを造り上げるなどクロスオーバーならではの展開に二次作品であることを忘れて熱くなってます。
次回もまた期待してます!!
無理せず頑張ってください♪

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ササモト

Author:ササモト
ロボとヒーローをこよなく愛しすぎて生活費と部屋のスペースが圧迫される日々を送る20代後半。
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